昭和40年12月13日 朝の御理解
よく、聞く事でございますが、「神様は皮肉だなぁ」と、「なかなか神様は駆け引きがお強い」と、そういうような事を、申します。実際、確かに神様の駆け引きにかかったら、かないません。確かに神様は皮肉なようだ、例えて言うなら、ね、神様の御悲願、神様の願いと、いわゆる御造営なら御造営の事に、まあ立ち上がって、本気でおかげ頂こうとこう思うた。とても自分の分に応じたと、ではなくてから、もう自分には分すぎるほどの、願いを立てて神様にお願いをする。
ところが、お願いをすればするほどです、今まで順調であった商売が反対になったり、っとおかしな話でしょうが、ね、それだけの願いを立てる、しかも、けなげにも自分の、まあ本当に、出けそうのないような事でもです、「本気でそういう大きな御用にでも使うて頂きたい」と、本気でそういう、気持ちにならせて頂いて、したらそういう障害が起きたり、かえって反対な事になろうとしたり、またなったり、「神様は皮肉だな」とそういう時に私共も感じてまいりました。
また皆さんもそれを言い、また思われる事であろうとこう思う。昨日善導寺の総代会が、まあぁお呼ばれをした、教会にお呼ばれをしたまあ、あすけぇ改造されましたですから、そのまあ棟上げなような事で、大工さんを呼ばれてまあ一献頂いたんです。してその後でございましたが、常持の古賀さんって言う最近総代になった方がですね、長い信心です。ここにあのおかげを頂いております秋永しまのさんの、弟さんにあたります。敬親会のその総代さんが、こちら火鉢の前に来てですもん。
「椛目の先生、もうあんたんとこにはえらい事が出来よるですねぇ」っち言うて、2・3日前、「指出の、、部落長さんに誘われて、見せて頂いたら、大した事ですばい、『九州の金光様の御本部が出来るげな』っち言うて皆で評判しております」っち言うてその話されるんですね、そしてその第一びっくりされたのはですね、あの五人か六人かの地主さん達がおりましたが、作り主の方達がおりましたがね。
あれが一晩のうちで話がまとまったと言う事に、もうびっくりしたしておるそうです、部落の方達が。もうそうとう難しい人達ばっかりらしいですね、ところがそうでしたでしょう、ほんの一晩のうちでしたもんね。そして椛目の金光様っちはそうもお金があるじゃろう、もう30万の手つけを打ってから、そのままほうぱらかしちゃるげな。まあ他にびっくりする事が、良しつき悪しつき色々、あのまああるんですね。
もう土盛りの事でびっくりされたり、あの基礎を造る時、今あの基礎があんまり、あまりにも頑丈に出けて行きよるのでびっくりされたり、また現在私が難しゅうに考えていたら、「とにかく先生いっぺん見に行って御覧なさい」と私そげん言われる、なんか今がよっぽど、なんかこう大きな大建築のような、何かが出けておるんでしょ、あの御広前の方の、なん、やってるわけなんですね。
それを自分がに三日前に見てきてから、私もそげん言われるの聞かせて頂きながら思うんですよね。あの二反から三反、三反から六反という風にだんだん、あれだけの拡張して下さった時の事を思わして頂きますと、確かに神様の素晴らしい駆け引きを思うわけにはいかんです。ね、椛目の金光様はあの上の方へも、三十万もお手付を打ってから、買われる事になったという時にです。
あそこの人達あの人達が、「はよう内の安うでよいけん言ってくりゃぁよかった」といった雰囲気があったことだけは間違いないでしょうね。ですからもうこちらは、言わば、「もうこれでいかんなら買わんという腹で行け」とその時、私は申しました。もうとにかくね、あの中に立っておる人達はそげなん事はできん、もう今夜はね、総代方が全部で行って、ね、そしてあの「一軒一軒回りなさい」と私は。
そしてそれ相当の相場ではありますけど、「これででけんならもう買わんという気持ちで行きなさい」っち、もう、(?)の手付けまで行って三十万も、手付けを打ってしたこつだから、それは皆知ってる事だと、でもありますしねと言うて、参りましてから本当に一晩の内にまとまったです。ね。そう言う様な事がですたい、本当にまあ三十万ぐらいなことじゃないほどに、こちらが言うてまいりましたから、ね、
皆これからこうなだけの値段な、椛目の金光様にお供えすると思うてから、んなら大英断をそのその安くして頂いたという、地主さん達の案です。ね、ですから考えてみるとなるほど、神様の駆け引きに掛っちゃかなわんな」と言う事が感じられますでしょ。同時に・・?私が申しました様にです、ね、「本気でおかげ頂こう」「本気で御用さして頂こう」というたら、かえってスムーズに行きそう風な所に障害があったりね、反対の方へ反対の方へと「神様は皮肉なお方じゃな」と言う事になるんですね。
これは昔お説教を、福岡の吉木先生にお説教を頂かせて頂く時に、もう何回かなしに、聞いたお話しなんですけれども、昔江戸に「越後屋」という大きな米問屋があった。代々、越後の国から出てきた、言わば成功者である。ですからそこの従業員ですね小僧さん、番頭さん達に、女中さん達に到るまで、その越後の人を雇い入れられるわけなのです。ある年二人の小僧さん達が、やっぱ越後の国からはるばる江戸にやってきた。
なかなかその二人ともよう働くけれども、片一方の一人の方の小僧さんは、特にその忠実であり、ね、真面目であり素直であり非常に良く働く。まあ何年か経ちましたでしょう、ある押し詰まったある日です、やはり集金にまわらして頂いた。ところがその忠実であるその小僧さんだけが、番頭その時には番頭さんになっとったでしょう。何年かの後ですから一人だけが遅い。ね、
主人がそれを聞かれると「まだ帰ってきません」とこう、沢山のお金を持って、集金してから帰ってこんもんですから、他の者はまあ色々疑ったり、心配したりしておるところをようやく帰って来た。「どうしてこんなに遅くまでそのかかったか」、「それが「一軒でも」とこう思いましたから、ついその次から次と足が伸びて、集金の方へ廻らして頂いて、遅うなりなしてすいませんでした」と言うてその、ことわりを、そしたらもうご主人がかんかんに怒られた。
皆がこげん心配して、それでまあ平身低頭お詫びされて、頭を下げると勝手の方の水瓶に水が切れておる。今夜あるその水汲みを今からしてくれとこう言われる。まだわらじ脱がん先に主人がそう言われる。けれどもそれこそ顔色一つ変えず「はい」。大体いうなら、まあ下男の仕事であり、いうならば女中さんの仕事である。水汲みが大変だ。まあ水汲みだしその水汲みを終わらせて頂いてしもうてから、足を洗いそしてまあ上に上がらせて頂きよったところが、奥の方から呼びがついた。
また今日の自分の始末がまあ、叱りを受けられるのじゃろうと思い、まあこわごわとその、ご主人んの部屋に呼ばれてまいりますと、座敷続きの座敷に膳部が出してある。そしてまあとにかくこちらに座ってくれ言う。そして狐につままれたような話である。まあ言われるままにその、膳部の前に座られるとご主人が前に手を付いて、「本当に長い間ご苦労さんでした、と。
今日は折り入ってあんたに主人の私が頼みがあるが、なんと聞いてくれんか」と。あまりのその、ことにビックリ致しまして、「ご主人はなんと仰せられますか。私はこちらにおかげを参りましてから、この方本当にご主人の仰る通り、一遍でも私嫌と言った事はなからなければございませんが、折り入ってのお頼みとはどういう事でしょうか」と尋ねるとその主人が言われた「あんたこの越後屋の後を継いでくれ」とこう言わた。
気にもいるまいけれど、内の娘を嫁にもろうてくれとこういわれた。その時に本当に自分のような、まあはしたない身分のものがです、こういう大家の後を継がせてもらうとか、しかもそこにお嬢さんを嫁にもらうとか、もうとんでもない話である。でそれをかた辞退させて頂くとご主人が目に涙を浮かべてから、頼まれる。「実はねあんたが越後の国から、はるばると2人で、あの小僧さん達2人でやってきた時に、ね、
一番初めにあんたがわらじを脱いだ。一人の小僧さんはそのわらじを、んとそのほかにこう投げやる様にして置いた。ところがあんたがそれをゆすいで綺麗にわらじを洗ろうて、そして向こうのかどかなんかに、まあかけてです、こちらに上がって来るのを私はみて、はあぁこれこそ、内の跡継ぎだと思うた。もうそれからというものは、あんたに対していつも皮肉だったと。いつもあんたに対してから無理強いだったと。
それを一遍もあんたが顔色変えたことがなかったと。家内と話し合ってこれはもう、内の養子はあれに決まったと。家の後を継いでくれるのはもうあの、あの小僧あの番頭よりほかにない」と長年それを心の中に思うて来た。今日という今日もあんたが遅くなったのも、あんたが言う通りにそれこそ、一軒でもとお店の事を思うてから、一軒でも余計集金させて頂こうというて遅くなったこともよう分かっておったけれども。
それを反対にああしてやかましく怒ったり、しかも、最後に、ね。水汲みまでさせた、もうあの時の自分の気持ちというのは、本当にあんたが顔色変えどんせんじゃろうかとこう、心が冷や冷やさせて頂きながら、いうなら最後の皮肉であり、最後のあんたの心を試したところが、これこそ、顔色変える段じゃなくて、あんたがさしたことをです、家内と影から見せて頂いてから。
そのいよいよこの人に頼むよりほかにないと言うて、夫婦のものでその事をいうておるのであるから、ね、娘にその事を話してあるのだから、どうか一つこの越後屋の後を継いでくれ、家の娘を貰ってくれ」という話であったという話なんです。私はもう信心はこれだと思うのです。ね。どういう場合であってです、ね、どういう場合でもあっても、それはどんなに神様から、ごうぐられるようにいわば皮肉をされても、ね、
これは私は自分のことを言っちゃ可笑しいですけれども、私がその本当に、そういうははぁあの時か神様のお試しであったのは。あん時が神様の駆け引きであったろう。あん時が神様が本当に続けたくりに、皮肉なことばかりを何年間も続けられた。けれども、それをどうした神様は皮肉な方だろうとも思わなかったし、神様がなかなか駆け引きも強い、よしこっちも引っ掛けてやれと言った様な思いが一つもなかったという事。
これは私自身これは本当に、皆さんの前でこうして公言いたしますけれど本当にそうでしたんですから。私は。ね。だから私のどこかにです、はぁこの氏子は、私がこの世に出てきた時から神様からある意味合いで( ? )かも知れません。その間に私どもは今申しますようにそれは失敗だらけでございましたでしょう。ね、それは長年の事でございますから、けれども。
私が終戦後引き上げてこちらへ帰ってからこの方というものはです、ね、そこは自分ながら見事におかげを頂いたなあとこう思うております。それが椛目の皆が助かる原動力になった、元になったという事です。これからどれ程又おかげになっていくやら、これはまあ分かりませんけれどもです、ね、それこそ私の精進一つではいつまた神様からお暇が出るか分かりませんのですけれども。
只今のお話のなかからどうぞ一つ、本当の信心を身につけさせ頂きたいなあと、ここん所を分かって行かなければいけないという事です。ちょっと皮肉を言うたらもう顔色を変えておる。駆け引きされたらこっちも要領で行こう、と言った様なですね、信心をする様な人があるこれでは私本当じゃない。もう愈々ぎりぎり最後の試しとまで、そこまでいわばおかげを頂きながら、最後のそれでやっぱ顔色変えてから失敗をする。
そういう時に、もうその人が失敗をするだけではない。それこそ神様のほうが、どんなにがっかりされる事じゃろうかとこう思うです。ね。最後の最後のいわば、お試しである。というときにですたいね、おそうまで、ほかのもんだん早よ帰ってきて、早よ風呂でもいって、御飯でも食べてしておるのに、本当のために店で一番よく働いておる、それなのに怒られ。
しかもそれなのに、罰金のように水汲みまでさせられて、ながらです、嫌な顔一つせんで済む内容にお互い頂いておきたい。そこに、神様、本当にこの氏子に、間違いではなかったと喜んで下さるときであり、また、神様がです、手をついて頼まんばかりにこのおかげを受けてくれよというて下さるようなおかげが頂けれるという事をです、一つ皆さん確信をしてもらいたいと思うですね。
どうぞ。